近鉄奈良駅 → 猿沢池 → 春日大社 一の鳥居 → 浮見堂→ ささやきの小径 → 春日大社 → 手向山八幡宮 → 東大寺法華堂(三月堂) →東大寺二月堂 → 東大寺大仏殿 → 興福寺 → 近鉄奈良駅 約7,5キロ
澄まず 濁らず 出ず入らず 蛙はわかず 藻は生えず 魚が七分に 水三分
春日大社一の鳥居をくぐって、朝の静かな参道を歩いていきます。
浮見堂
参道から外れて奈良公園をお散歩。鷺池に浮かぶのは檜皮葺きの浮見堂。
ささやきの小径 (下の禰宜道)
小径を抜けると二の鳥居へ続く参道へ出ます。二の鳥居をくぐった先の手水場は春日大社ならでは。
和銅3年(710) 御蓋山の麓に鹿島神宮から武甕槌命をお迎えしたのが始まりで、神護景雲2年(768)勅命により壮麗な社殿を造営。武甕槌命は白い鹿に乗ってやってきたとされ、鹿は神の使いとして大事にされています。
手向山八幡宮
東大寺 法華堂(三月堂)
東大寺 二月堂
旧暦2月に修二会(お水取り)が行われることが二月堂の名の起こり。江戸初期に再建された懸崖造りの立派な建物です。二月堂から眺める大仏殿はとても幻想的でした。
東大寺 大仏殿
華厳宗大本山。天平15年(743)に聖武天皇が盧舎那大仏造立の勅願を発布し、天平勝宝4年(752)に大仏開眼供養会が盛大に行われました。その後、大地震や戦乱などにより焼失、鎌倉と江戸時代に再建されました。創建当初の部分は台座、ひざ頭の一部のみです。
東大寺 南大門
時間が経つにつれ観光客の姿が増えてきました。ちょうどこの時期は旧正月にあたるので中国からの団体客がとても多かったです。
法相宗の大本山。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺として創建されました。繁栄を極めた興福寺でしたが、幾多の焼失や明治維新の神仏分離で一時は、五重塔が売りに出されたりしました。その後に再興の許可がおり、寺としての形もしだいに整い、現在も壮大な伽藍の復原整理事業がすすめられています。
そして、興福寺と言えば有名な阿修羅像。見てきました。阿修羅像は「乾漆八部衆立像」の一つなんですね。八部衆とはインドで古くから信じられてきた異教の八つの神を集めて、仏教を保護する役目を与えられています。天平6年(734)に創建された西金堂本尊釈迦如来像の周囲に安置されていました。興福寺の八部衆は一般的なものと少し違うようで「五部浄(ごぶじょう)、沙羯羅(さから)、鳩槃荼(くはんだ)、乾闊婆(けんだつば)、阿修羅、迦楼羅(かるら)、緊那羅(きんなら)、畢婆迦羅(ひばから)」となっています。すべての像がとても異彩を放っていて魅力的でした。
茶がゆ御膳(山崎屋)
駅まで戻り奈良漬のお店でお昼ご飯。とても美味しくいただきました。
修学旅行で来たときは鹿と大仏くらいしか覚えていなかったけど、京都よりものんびりとした感じが心地いいですね。まだまだ見たいところがいっぱいできました。また行きたいぁ。