マダオなWALKING′!

まるでダメなオバサンによる まったりダラダラお気楽旅

【中山道 18日目】 42.妻籠宿 → 43.馬篭宿    2017.8.25(金)

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全国で初めて古い街並みを保存した宿場町。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。出梁造りに堅繁格子、卯建のある軒が続く約800mの通りは江戸時代がそのままのようです。

 
南木曽駅42.妻籠宿 43.馬篭宿  約13km


 ちょっと遅い夏休み。中山道歩きの続きに出かけました。お天気が不安定な今年の夏。予報では曇りだったけど・・・・


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今回は新幹線に乗って名古屋経由で南木曽駅までやってきました。駅から歩いて前回の中山道歩き終点の分岐点へ。天気予報ではだんだんとよくなって行くはずでしたが、晴天の名古屋駅を過ぎ電車が進むごとにだんだんと曇り空に。今にも降り出しそうな空模様です。


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SL公園
駅から線路の反対側を通る道と合流する所にあるSL公園に来るころには霧雨が降り出しました。このくらいの降りならいいかな。


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袖振りの松 水舟
木曽義仲が兜の中に納めていた十一面観音を祀っているという「かぶと観音」の境内にある「袖振りの松」 木曽義仲が弓を射るのに邪魔となった松を巴御膳が袖を振りなぎ払ったと云わっています。虫食いの被害により平成21年に伐採され、長さ約7mという大きな水舟に生まれ変わりました。


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せん澤道標
石畳の道に竹林。中山道はこうじゃなくちゃ


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上久保の一里塚
日本橋から八十里目


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分岐
中山道は真ん中の下り道。一番右の土道は妻籠城址に続く道。妻籠城址は眺望がいいというのでお天気がいい日に登ってみたいなぁ


42.妻籠宿
 伊奈街道との追分を控え賑わっていましたが、明治になると主要道路から外れ寂れたため宿並が残りました。開発より保存を優先した街並みは、昭和51(1976)重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。中山道宿村大概帳(天保十四年・1843)によれば、宿内家数は83軒、うち本陣1脇本陣1、旅籠31軒。宿内人口は418(216,202)


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鯉が岩
鯉の形をした大岩があったというのですが、明治24年美濃の大震災で形が変わってしまい今は何だかわかりません。武将がこの岩の付近で恋の物語を囁いたという伝説が残っています。


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妻籠宿高札場跡


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妻籠でお昼と思っていたら、時折パラパラと降っていた雨が急に強くなりました。あわてて休憩所で雨宿り。そのまま手持ちのおにぎりでお昼を済ませてしまいました。まわりに座っている人が美味しそうにソフトクリームを食べていたので、私も休憩所向かいにあるお店で購入。名物の栗きんとんソフト。美味です。


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脇本陣奥谷
代々脇本陣・問屋を勤めた家で、現在の建物は明治10年にそれまで禁制だった木曽桧をふんだんに使い建てられています。島崎藤村の初恋相手「ゆき」の嫁ぎ先です。


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妻籠宿本陣・問屋場
妻籠宿の本陣は、代々島崎氏が務めていました。馬篭の島崎氏とは同族で、幕末には妻籠の「ぬい」が馬篭の正樹(「夜明け前」の青山半蔵)のもとに嫁いでいます。末子が春樹(島崎藤村)です。現在の建物は平成7年に江戸時代後期の間取図を基に復元されたものです。


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雨が小降りになったので、見学はまた後日来ることにして先を急ぐことにしましょう


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上嵯峨屋


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尾又
木曽路(中山道)と伊奈(飯田)道の追分
おしゃじさま
御左口(ミサグチ)神 土着の神様で土地精霊神、酒神等の諸説がある謎の神様


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駐車場の脇から旧道を進むと大妻籠に続く山道に入ります。


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妻籠 旧旅籠金剛屋
妻籠と違って観光化されてない感じがいい。


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ほおずきがきれいです。


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途中で外国人(欧米)のハイカーとよくすれ違います。ここは日本人よりむしろ海外の人に大人気のハイキングコースになっているそう。日本人に比べて軽装の人が多いのは事実なんだけど、それにしてもこのカップル、足元はスニカーとはいえワンピースで馬籠から歩いてきたのかなぁ。


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庚申塚
妻籠ともお別れ


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どうがめ澤
庚申塚を過ぎて、馬籠峠に続く山道へと入ります。


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クマ鈴
リュックにクマ鈴もつけてきたけど、ここは思いっきり鳴らしておこう。


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分岐
中山道は左の山道。右の道は男滝、女滝を経由して中山道に合流します。ここはやっぱり左でしょ。


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県道を渡って山道に入ったところでまた急に雨脚が強くなってきました。遠くで雷も。この辺りは沢も多いから、県道を歩いていくかどうしようかと躊躇していたら、馬籠に向かうというご夫婦がやってきました。天気予報だとよくなるはずということで、途中までご一緒させていただくことに。愛知から日帰りで来て、馬籠に車を置いて妻籠までバスで移動して馬籠に戻る途中とか。天気予報では降られるはずじゃなかったのにって。そうだよね。このところ天気予報はあまり当たりません。


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石畳


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一石栃の白木改番所
木曽から移出される木材を取り締まるために設けられたもので、桧の小枝に至るまで許可のある刻印があるかどうかを調べるほど厳重だったといわれています。


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立場茶屋
妻籠馬篭の中間に位置し、当時は七軒程の家があって栄えていました。無料休憩所になっています。


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立場茶屋の看板犬 きなこちゃん
人懐こくってとってもかわいい柴犬です。ここで愛知のご夫婦と分かれて一足先に馬籠に向かいます。


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馬籠峠(標高801m
長野県ともお別れ。東海道静岡県のようでした。いよいよ岐阜県へと入ります。


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クマ鈴を鳴らして旧道に入ります。後で気が付いたことだけど、ここからの舗装道路には破片が埋め込んであって他の舗装道路と区別されています。この道は中山道を示していたのです。なんて優しい岐阜県中山道


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集落が見えてきました。でもまだ馬籠宿まではもうちょっとあります。


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また雨が強くなってきました。ちょうど雨宿りできる休憩所もあったけど歩いちゃいましょう。


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梨子ノ木坂
この坂を下ったところにある水車の付近では明治時代に土石流での犠牲が出ているそう。


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この山道を登れば馬籠宿はもうすぐ


43.馬篭宿
 馬込峠と十曲峠に挟まれた山の斜面に位置しています。度々大火に見舞われ、石畳以外はほとんど焼失してしまい、現在の街並みはその後に復元されたものです。島崎藤村の故郷としても知られています。中山道宿村大概帳(天保十四年・1843)によれば、宿内家数は69軒、うち本陣1脇本陣1、旅籠18軒。宿内人口は717(360、女357)


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陣場
天正12(1584)小牧・長久手の戦いの際、徳川方の菅沼、保科、諏訪氏の軍が陣を取った場所。正面に恵那山が見えるはずですが。


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高札場


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本陣跡
代々、島崎家が務めていました。島崎藤村の生家。藤村記念館として公開されています。


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四方木屋
雨が強くて心が折れそうになってきたので、ここは美味しいよもぎ餅でひと休み


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馬籠は坂の街です。


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枡形


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枡形の坂を下ったところで本日の行程は終了


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馬籠バス停から本日の宿のある中津川へ向かいます。


 今年の夏はお天気が不順で、関東地方の8月は記録に並ぶ長雨。夏らしい日がほとんどありませんでした。ちょうど休みが取れた今回、最初の予報では雨は降らないはずだったんだけどなぁ。レインウェアは持ってきたけど道も整備されているし、何より暑かったので、折り畳み傘で済ませちゃいました。見どころ満載の妻籠と馬籠だけど、雨でびしょ濡れになってしまったので、靴を脱ぐのはためらわれ見学はしませんでした。でも町並みだけは堪能。昔の旅人気分が味わえました。
今日歩いた道は山道でもちゃんと整備されているし、案内板もわかりやすいし、雨なのに沢山の人が歩いていたのでクマの心配もなく歩けました。今日ぐらいの雨なら雨具があればなんとか大丈夫みたい。案内所の人にも気を付けてとは言われたけど、やめた方がいいとは言われなかったし。でも途中に沢もあるし、過去に土石流があった場所も通ったので、大雨が続くときは、地元の人に確認した方がいいかも。今度お天気の日にゆっくりと歩きたいなぁ。