マダオなWALKING′!

まるでダメなオバサンによる まったりダラダラお気楽旅

駅からハイキング・幼なじみの思い出と共に歩く。都心の鮮やかな紅葉と昔ながらの谷根千散策  (11/20~11/30)   2015.11.28(土)

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五代将軍徳川綱吉の信任が厚かった川越藩主・柳沢吉保が元禄15(1702)に築園した和歌の趣味を基調とする回遊式築山泉水の大名庭園です。江戸時代の大名庭園の中でも代表的なもので、明治時代に入り三菱の創業者・岩崎弥太郎氏の別邸となりました。昭和13(1938)東京市に寄付され、昭和28(1953)に国の特別名勝に指定されました。


西日暮里駅 → ①神明都電車庫跡公園 → ②六義園 → ③フレーベル館絵本とおもちゃのお店 → ④光源寺 → ⑤森鴎外記念館 → ⑥団子坂 → ⑦須藤公園 → ⑧根津神社 → ⑨べび道 → ⑩谷中銀座商店街 → ⑪よみせ通り商店街→ 西日暮里駅   約7,2km



風もなく、晴天のお散歩日和。洗濯して掃除してから、ぷらっと歩いてきました。今回も駅からハイキング。行ってみたかった谷根千散歩です。初めての場所だけど駅ハイなら地図もあるし、コースポイントも解説つきだから、ラクして歩いてきました。


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①神明都電車庫跡公園
「都電の車庫の跡地を利用した公園。昭和2228年製造の都電6000系と資材運搬などに使われた貨物車のZ2号が保存展示されている。」
西日暮里駅を出て、道灌山通りから不忍通りに出たら右折して左側を歩いていくと、勤労福祉会館の裏にあります。都電は柵の中で乗ることはできません。


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「五代将軍徳川綱吉の御用人・柳沢吉保下屋敷の敷地内に自ら設計し、7年かけて築いた回遊式築山泉水庭園。明治時代に三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎氏の所有となり、昭和13年に東京市に寄付され一般公開されるようになった。」
紅葉の時期とあって人がいっぱいでした。もみじもだいぶ色づきはじめて見ごろになってきました。126日まで行われているライトアップはとても素敵だそう。だいぶ混んでいるようだけどね。


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フレーベル館 絵本とおもちゃのお店
「日本初の月刊保育絵本「キンダーブック」などを出版するフレーベル館の本社1階にある直営ショップ。絵本やおもちゃをはじめ、オリジナルグッズも扱っている。」
アンパンマンの絵本やグッズがたくさんありました。


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曹洞宗 諏訪山 吉祥寺

本郷通りを東大方面に歩いていくと、左側に大きなお寺が見えたので、ちょっと寄ってみました。吉祥寺は太田道灌江戸城築城の際、掘った井戸から「吉祥増上」の刻印が出てきたため、現在の和田倉門のあたりに「吉祥庵」を建てたのが始まりといわれています。明暦3年(1657)明暦の大火で焼失し現在地に移転。江戸時代には曹洞宗栴檀林として数多くの末寺を擁していました。吉祥寺は「きちじょうじ」と読みます。住みたい街NO.1の吉祥寺と同じ読み。それもそのはず、明暦の大火によって、吉祥寺の門前町が焼失したため、焼けだされた門前の住人たちが移住して武蔵野台地の新田を吉祥寺村と名付けたそうです。



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右手にある天台宗大聖山 南谷寺江戸五色不動の一つ目赤不動尊があります。元和年間(161524)、万行律師(南谷寺初代住職)が伊賀の赤目山で、不動明王像を授けられ諸国をめぐり、駒込村の動坂に庵を開き赤目不動と号しました。寛永5(1628)、三代将軍家光が鷹狩の途中に動坂の庵に寄り、目黒・目白不動に対し目赤と呼ぶべしと命じ、目赤と名乗るようになり現在地へ移ったといわれています。


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瑞泰寺

本郷通りから大観音通りを歩いていると目に入ったのが、狛犬ならぬ狛象。初めて見た!コースポイントじゃなかったので、門の写真だけ撮って参拝はしませんでした。HPを見ると京都の浄土宗総本山知恩院の末寺として江戸神田明神下に創建されたものの、寺域が幕府御用地となったため現在の地に移転。開祖桂芳和尚は百三十余歳の天寿を全うされたとか。象についての説明はありませんでした。



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④光源寺
天正17(1589)に神田の創建され、慶安元年(1648)に現在地に移転。元禄10(11697)奈良の長谷寺の十一面観音を写して約8mの観音像が造立され、「駒込大観音」として親しまれてきた。東京大空襲で焼失したが、平成5年に高さ約6mの像が再建された。」
金ぴかの大きな観音様です。毎年7月には、ほおずき市が開かれて賑わうそうです。


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森鴎外記念館
森鴎外が、明治25年から大正11に亡くなるまで過ごした旧居「観潮楼」の跡地に建つ。年間を通して様々な展覧会を行っており、126日まで特別展「ドクトル・リンタロウ-医学者としての鴎外」を開催。」
モダンな建物の外観だけ見学。写真はうまく撮れたものがなくて、これは入口の写真。


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⑥団子坂
「文京区千駄木2丁目と3丁目の境に位置する坂道。名前の由来は近くに団子屋があったかとも、急な斜面のために団子のように転がってしまうからともいわれる。」
この辺りは坂が多いです。西日暮里から不忍通りを歩いている時も左手には坂が続いていたし、六義園に行くにも坂を上ったし、脇道を除くとあちこちに坂があります。本郷台地?上野台地?きっとタモさんに聞けばわかるんだろうなぁ。


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⑦須藤公園
加賀藩支藩大聖寺藩の屋敷跡にあたり、その後、当地を所有していた実業家の須藤家が昭和8年に公園用地として東京市に寄付。高さ10mの「須藤の滝」や、池などがあり、近隣住民の憩いの場となっている。」
ここで途中で買ったパンで軽くお昼ご飯。池にかかっている看板には、「かっぱに注意」だって。


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5代将軍徳川綱吉か、世継ぎが定まった際に現在の社殿を奉建し、宝永3(1706)完成。本殿、幣殿、拝殿、唐門、西門、透塀、楼門のすべてが欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されている。」
ツツジで有名な根津神社。気になっていたけど来たことがありませんでした。とても立派な神社です。銀杏がとてもきれいに色づいていました。


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⑨べび道
「かつて上野の不忍池へと注いでいた藍染川からできた道。川がくねくねと流れていたため、現在の道もへびのように曲がりくねっている。」
文京区と台東区の境にある藍染川は暗渠となっています。名前の由来は、川筋に染物屋があって川の色が藍色に染まっていたからとか、水源が染井だからとかいろいろな説があります。


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へび道にある亀の子束子のアンテナショップでは束子の素材でできたツリーがお出迎え。


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ギャラリー猫町
猫町の看板に誘われてちょっと寄り道。猫専門のギャラリーです。この日は国吉の猫たちがいました。


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谷中銀座商店街
「日暮里駅から歩いて数分、夕日の名所である「夕焼けだんだん」から「よみせ通り」まで続く下町情緒あふれる商店街。全長170m程の短い通りには昔ながらの個人商店から個性派ショップまで様々な店舗が約70店並ぶ。」
すごーい人ごみ。ちょっとお茶でもと思ったけど、どこも混んでいました。


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夕焼けだんだんでカメラを向けている人がいたので、覗いてみたらネコがお昼寝。沢山の人もなんのその。しまい忘れのべろの先っぽが、かわいい。


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こんなところにもネコが! 
谷中界隈は猫スポットとして有名らしい。あちこちに猫のお店がありました。


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よみせ通り商店街
藍染川が暗渠化してできた道に形成された商店街。かつては夜に両側約500mにわたり露店が並び、大道芸人の口上に人垣ができるなど大変な賑わいを見せたことから、「夜店通り」と名がついた。戦後、車の交通量が多くなり露店は禁止されたが、今も毎月24日の縁日や、5、11月の「わくわく大感謝祭」などで活気づく。」
ぐるっとまわって、谷中銀座を通ってきたけど、へび道をまっすぐ進むとよみせ通り商店街です。


よみせ通りを抜けて右に曲がればゴールの西日暮里駅に到着です。お寺や神社、庭園も沢山あって見どころ満載のコースでした。今回は、学生が考えたコースのためか、普段の駅ハイではあまり見かけない若者が多く歩いていました。お散歩するには楽しそうな界隈です。そういえば一ヶ月ほど前に本郷通りを歩いたはずなのだけど、ほとんど覚えてなかった・・・。そういえば大きなお寺の前を通った。というのが、きっと吉祥寺。この話はまた後で。