マダオなWALKING′!

まるでダメなオバサンによる まったりダラダラお気楽旅

春の水戸散策!~梅と歴史・自然とともに~   2015.03.15

駅からハイキングのイベントコースで水戸を歩いてきました。
 
 

偕楽園臨時駅 → ①偕楽園 → ②千波湖畔黄門像 →③茨城県近代美術館 → ④笠原水源 → ⑤薬王院 → ⑥別春館 → ⑦吉田古墳 → ⑧吉田神社 → ⑨備前堀 → ⑩納豆なんでも展示館 → ⑪弘道館両国駅  約12.5キロ

 
 
梅の時期にしか停車しない偕楽園臨時駅が今日のスタート。車両のほとんどの人がここで降りたのじゃないかしら。地図とバッチ、そしてみとちゃんの納豆をもらって出発です。


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常盤神社
コースには入っていませんが、立て看板に「偕楽園に入る前にまず常盤神社にお参りしましょう。」と書かれていたので、まずはごあいさつ。徳川光圀公と徳川斉昭公を御祭神として明治7年に鎮座されました。


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天保13(18423)徳川斉昭により南に千波湖をのぞみ、筑波山や大洗の海を遠望できる高台(七面山)に造園されました。偕楽園の名は孟子の「古の人は民と偕に楽しむ、ゆえに能く楽しむなり」という一節からとられ、藩主や藩士のみならず庶民にも開放する目的を掲げて造園されていて近代の公園に近い庭園です。園内にある好文亭では斉昭が詩歌や養老の会などを催していました。現在の建物は、昭和20(1945)の空襲で全焼したものを昭和30(1955)に復元したものです。黄門様ご一行も梅を観にいらしてました。梅まつりの期間中は毎日いらっしゃるそうですよ・・・・・・でも本当は光圀公の時代には偕楽園は無かったのでした。梅は全体にはまだ六分咲き位です。来週あたりが見頃かな。


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千波湖畔黄門像
偕楽園から千波湖畔に下りてきました。湖畔を見つめる黄門様。お供はどこへ行ったのかしら


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水鳥がいっぱいいる千波湖の遊歩道をのんびり歩いていきます。
案内によると、千波湖はもともと、那珂川の氾濫などにより、上市台地と千波緑岡台地の間の低湿地帯に生じた浅い沼であったと考えられていて、それが、江戸時代初期における水戸藩の城下町建設のなかで、水戸城の堀として位置づけられ、囲い込まれることにより、千波湖が形成されました。江戸時代は約3.8倍の大きさがあったそうですが、明治221889)年の水戸鉄道(現在のJR水戸線)の開通以降、埋め立てや干拓、開墾により現在の大きさになったそうです。


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茨城県近代美術館
千波湖のほとりに建つ美術館では「笑う美術」が開催中。今回は見学をしなかったのだけれども、看板には見てるだけでなごんでしまう白隠禅師のすたすた坊主が描かれていました。


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逆川緑地
千波湖と分かれて大通りをしばらく歩いて逆川緑地へとやった来ました。笠原水源を中心とした水辺のよく整備されて公園になっていて、とても気持ちのいいウォーキングコースです。


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④笠原水源
江戸初期の寛文2(1662)に、徳川光圀公が水不足を解消するための水源に定め、約1年に渡る大工事の末、総延長7キロにも及ぶ上水道を造らせました。現在も井戸が作られていてポリタンクに水を汲みに来ている人がいました。


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水源と分かれてしばらく歩道を歩いていきます。コンビニの角を曲がった後はひたすらまっすぐ。飽きてきたころに案内の矢印。なんだかホッとします。


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桓武天皇の勅願により天台宗の宗祖である伝教大師(最澄)により延暦年間(782806)に創建されました。旧本堂が火災で焼失した後、享禄2(1529)に再建されたものが現在の本堂です。


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⑥別春館
酒屋さんに併設されている梅とお酒の資料館でした。


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⑦吉田古墳
飛鳥時代6世紀末以降に造られたもので、現在は一辺8m高さ1.6mほどですが、当時は一辺30mを越えていたことが推定されています。内部には石室があり大正3年に発掘された際には、金環や直刀、勾玉等が発見されました。


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日本武尊を祭神とする常陸三宮です。創建は不明ですが、正安4(1301)は創建以来800余年にあたるとした古文書が見つかっており、485498の間に遡るといわれています。


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関東郡代伊奈備前守忠次によって慶長15(1610)に造られました。堀は農業用水や千波湖の増水に備えた利水、治水として現在も役だっています。


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⑩納豆なんでも展示館
納豆屋さんの2階にある納豆の歴史がわかる展示館。


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水戸城三の丸に建てられた弘道館は、水戸藩第九代藩主徳川斉昭が、天保12(1841)に開設した日本最大の藩校。最後の将軍徳川慶喜は幼少期にここで学び、大政奉還後ここで謹慎生活をおくりました。


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弘道館からゴールの水戸駅につくと、黄門様がお出迎え。駅前では様々なイベントが行われておりとても賑やかでした。梅の見頃にはもう少しでしたが、大勢の人が咲き始めた梅を楽しんでいました。千波湖を含めた偕楽園はとっても気持ちのいい場所で、斉昭が弘道館で勉学の息抜きにと造ったものです。個人的にはなんとか館はなくてもいい感じでしたが、水辺の散歩道はお弁当持ってのんびりできるとても気持ちのいい散歩道でした。