マダオなWALKING′!

まるでダメなオバサンによる まったりダラダラお気楽旅

【中山道 8日目】 17.坂本宿 → 18.軽井沢宿 → 19.沓掛宿    2016.10.2 (日)

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群馬県安中市松井田町坂本と長野県北佐久郡軽井沢町との境にある峠。信濃川水系利根川水系を分ける中央分水嶺で、峠の長野県側に降った雨は日本海へ、群馬県側に降った雨は太平洋へ流れます。標高約1200m碓氷峠頂上には上信国境に熊野神社が鎮座。県境を跨いでお社が一つずつある神社です。長野県側のお社は「熊野皇大神社」、群馬県側では「熊野神社」と呼ばれています。宮司もそれぞれに二人いて、御祈祷、お守り、社務所も別々になっています。


横川駅→ 17.坂本宿 → 18.軽井沢宿 →19.沓掛宿中軽井沢駅  約19km
 
 
いよいよ最初の難所、碓氷峠越え。一人で峠を越えるのは心細いなぁ~とあちこちでぼやいていたら、街道歩きの先輩が、同じように一人で街道歩きをしている方を紹介してくれました。本日は女性三人で峠越えに挑戦です!本当は土曜日に歩く予定をしていたのですが、このところの天候不順で雨天順延。途中の駅では雨が降っていたし、雲も多くてぬかるみも気になるところではありますが、気を付けて行ってきます!


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横川駅
信越線の横川駅についたら、おぎのやの前を通って街道歩きのスタートです。


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茶屋本陣跡
大名が関所通過のために身支度を整えたといわれています。


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碓氷峠関所
慶長19(1914)番所が置かれ、元和8(1622)番所となり、翌年家光上洛に際し関所となりました。安中藩が管轄し、「入り鉄砲に出女」を激しく取り締まりました。


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通行手形
関所で手形のコピーをいただきました。これは信州松平藩の家来が江戸から国許の松代に往くために発行されたもの。


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川久保薬師堂
坂本に向う薬師坂の途中あり、難所の碓氷峠の無事通過を願って建立されました。



17.坂本宿
上州路最後の宿坂本は、東に碓氷の関所、西に難所の碓氷峠を控え大いに賑わいました。参勤交代の実施に伴い碓氷峠の登り口に宿場が必要となったことから計画的に作られ道幅が広く整然とした街並みが整備されています。 中山道宿村大概帳(天保14年・1843)によると、宿内家数162軒、うち本陣2脇本陣2、旅籠40軒、人口732人、町並619


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下木戸跡
真っ直ぐな道が続いています。正面にはこれから上る刎石山がでーんと聳えています。坂本宿に来たのはこれで2回目。アプトの道をハイキングした時で、次回に来るときは中山道を歩いてくるぞ!って思っていたのが、実現しました。


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佐藤本陣跡
明治初期には小学校の仮校舎に当てられました。


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元旅籠 かぎや


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上木戸跡
坂本宿の京口です。ここで出会ったご夫婦は軽井沢を7時に出発して峠を越えて来たそう。今の時間はすでに11時過ぎ。みんな早い出発なんだな・・


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18号線を坂本八幡宮を過ぎてしばらく歩いた貯水池の脇が旧道の入口。安政遠足の看板が立っています。が、道の反対側を歩いていていうっかり見落とし。道沿いにしばらく歩いてから気付いて戻ってきました。


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道を進んでいくと・・・道がない?ここを進んでいくのか!先が思いやられます。

しばらく歩くと18号線に出ました。途中でアプトの道を横切るはずなのだけど、それもよくわからなくて。アプトの道と中山道の合流地点の近くにトイレがあったような気がしていたのだけど、記憶がだいぶ薄れてました。坂本宿から峠の湯に寄ってちゃんとトイレを済ませておけばよかった。ちょっと不安な峠越えのスタートです。


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中山道の登山口
東屋で身支度を整えて、いざ出発。時間は11時半。ちょっとのんびりスタートかしら。


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さっきの道よりとは違ってこちらはちゃんと整備されていました。よかったぁ。ふと足元を見るとヘビ!山ビルも多いっていうし、登山口には熊出没注意の看板もあった。気をつけねば。


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刎石坂
火成岩が冷却、団結する際にできた柱状節理のよくわかる場所です。道にゴロゴロと岩石がある急坂で一番の難所と云われています。


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前方には無残にも横倒しになった倒木。大雨の日は歩けないね


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標高約800mの覗までやってきました。見下ろせば先ほど歩いていた坂本宿。ここまでが一番の急登。標高約400mの横川駅からよく登ってきました。ここで軽くお昼ご飯でエネルギーチャージ。


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風穴
溶岩の割れ目から水蒸気が噴き出ているそうですが、よくわからなかった。それにしてもこれって、横向きになっている人の顔に見える。ちょっと不気味


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覗を過ぎると坂が緩やかになりました。そしてこの辺りは杉の木が多い。人がいっぱいいたけど東屋もあって一休みできます。


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足元にはたくさんの栗のイガ。中身は空っぽなのは、お猿さんが食べたのかしら。途中ですれ違った人は猿を見たっていってたもの。


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堀切
天正18年(1590豊臣秀吉の小田原攻めで、北陸信州軍を、松井田城主大導寺駿河守が防戦しようとした場所で、道の両側が掘り切られています。


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木に耳がついてる。きっといろんなことを聞いているんだろうなぁ


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このキノコは食べられるかなぁ


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座頭ころがし
急な坂はもう終わったんじゃなかったっけ?赤土の登りにくい坂だと思いながら歩いていたら登り切ったところに案内板。難所の1つ、座頭ころがしでした。


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栗が原
明治天皇御巡幸道と中山道の分岐点。平坦で開けた明るい場所です。ここに設置された「見回り方屯所」が交番の発祥です。


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久しぶりに視界が開けました。気持のいい眺めです。


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花火みたい


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入道くぼ馬頭観音


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中山道ブログで必ず登場する廃バス


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マムシソウ?


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陣場が原追分
分かりにくい写真だった。。ここは中山道と皇女和宮のために作られた和宮道との追分。安政遠足は右の和宮道を行きますが、今日は左の中山道を歩いていきます。


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笹沢
急に道が細くなりました。途中に沢を渡ったりと、ちょっと冒険気分の道。


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細い道が続きます。迷いようのない一本道なんだけど、ちょっと長くて心配になるその名も、長坂。一人だったらきっと心細いだろうなぁ。仲間がいてよかったぁ!


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和宮道との合流地点にきました。峠の頂上はもうすぐ。


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峠の茶屋 見晴亭
峠についたらもちろん力餅。疲れた体にうれしいご褒美。そういえばトイレはどうしたかって。頂上まで我慢しました。と言っても10月とは思えないくらいの暑さで、汗びっしょりの峠越え。トイレに行かなくても全部汗で出てしまったので結果オーライ。でも行っておくのがベストです。


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新宮は上州側、本宮は国境上、那智宮は信州側に建っています。ここで上野国から信濃国に入りました。ここから信濃路です。


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見晴台の脇の見逃してしまいそうな細い道が旧中山道。一人だったらちょっとためらってしまいそうな細い道です。


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途中には倒木が道をふさいでいたり、ロープがあったり、ちょっと分かりにくいところに
はピンクのテープはあるけど、この道一人じゃなくてよかったぁ。


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広い砂利道に出ました。
振り返ると京からの入口はこんな感じ。進むのに躊躇しそうな道です。


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砂利道に出たところで山の奥にニホンカモシカ発見。


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途中で中山道に出る道があったはずだけど、よくわからなかったので遊歩道を中山道133号線)との合流地点まで歩いてきました。だいぶ薄暗くなってきました。時間はもう夕方の5時近く。ちょっとのんびりと歩きすぎたかな。ここにもクマに注意の看板。熊鈴はつけていたけど、こういう看板を見ると一人じゃなくてよかったぁとしみじみ。



18.軽井沢宿
碓氷峠を下り信濃路最初の宿場で大いに賑わいました。旧軽井沢銀座が宿場の跡。軽井沢宿、沓掛、追分宿は浅間三宿と呼ばれていました。 中山道宿村大概帳(天保14年・1843)によると、宿内家数119軒、うち本陣1脇本陣4、旅籠21軒、人口451


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ショーハウス
軽井沢を広く紹介したショー氏の記念碑、胸像、礼拝堂があります。


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つるや旅館
江戸時代は茶屋で、明治以降は旅館となりました。芥川龍之介堀辰雄等多くの文人が宿泊しました。


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昔の軽井沢の写真が沢山飾られています。


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賑やかな軽井沢銀座。寄り道したいけど、今日は頑張って中軽井沢駅まで歩くモー


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六本辻
ヨーロッパの交差点みたい。だいぶ暗くなってきました。秋の日はつるべ落とし。六本辻を過ぎると暗くて寂しい道です。途中で踏切を渡って旧道を歩く予定でしたが、もう暗かったのでそのまま幹線道路を歩いていくことにしました。



19.沓掛宿
安政二年(1773)の大火で壊滅的な被害を受け現在地に移転しました。小宿でしたが草津温泉を控え湯治客でにぎわいました。昭和二十六年(1951)の大火で宿並みは焼失してしまいかつての面影は残っていません。 中山道宿村大概帳(天保14年・1843)によると、宿内家数166軒、うち本陣1脇本陣3、旅籠17軒、人口502


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沓掛宿に入りました。もう真っ暗。


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中軽井沢の交差点
今日の行程は終了。時間は1840分。もうすっかり暗くなってしまいました。


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くつかけテラス
とってもきれいな建物です。しなの鉄道中軽井沢駅もここにあります。


軽井沢駅まで出たら新幹線で帰宅です。混んでいたので少し後の指定席を購入。時間が遅くなってしまったので、お昼には重すぎると諦めた峠の釜めしはもう買えませんでした。コンビニで買ったサンドイッチと軽井沢の美味しい濃厚ヨーグルトが晩御飯。時間配分とかいろいろと反省点はありますが、無事に峠越えを終えてホッとしました。一番の反省点はスタートが遅かったことかな。和宮道と遊歩道を歩けばずっと楽だったと思います。でも旧道を歩きたいよね。道に慣れてなかったから、ちょっと時間はかかったけど、変化にとんだ面白い山歩きでした。だいぶ疲れたけどね。ただ見通しの悪いところもあって、今回は会わずに済んだけどサルに注意っていうのはいっぱい聞きました。昼間はクマにあう確率は低いそうですが、グループで歩いたほうがやっぱり安心。いい仲間に出会えてホントに心強かったです。皆に感謝です。次回このメンバーでの街道歩きは和田峠越え。頑張ろう!