マダオなWALKING′!

まるでダメなオバサンによる まったりダラダラお気楽旅

【日光道中(日光街道)】 日光二社一寺  2015.10.18 (日)

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東照宮 唐門
東照宮と言えば陽明門ですが、残念ながら只今平成の大修理中。こちらは拝殿前に立つ唐門です。こちらも修理中ではありますが。全体が胡粉で白く塗られた唐門には、陽明門と同じように中国の聖賢や仙人の故事逸話が彫られています。唐門の上にある「舜帝朝見の儀」と呼ばれる彫刻は1本のケヤキから27人もの人物が彫られています。


神橋にゴールしたものの、東照宮に行ってないなんて、ク○ープのないコーヒーみたいなもの。紅葉にはまだ早いけど翌週にまた、日光まで行ってきました。前日の17()には「百物揃千人武者行列」が行われていましたが、なかなか予定は合わないものです。


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鉢石
地中から地表に出た岩盤の一端が鉢を伏せたような形のため、「鉢石」と呼ばれ、鉢石宿の名前の由来となった石です。地表に露出した岩盤はほぼ楕円形で、大きさは約270cmx約360cm、高さ約40cm。実は前回一つ先の坂を下ってしまって見つからずにあきらめたのでした。曲り角には案内板が無くてわかりずらいんだもの。場所は日本生命ビルの脇の石畳の坂を下ったすぐ左側。奥に家があって入っちゃいけないのかと思った道でした。


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太郎杉
神橋を横目に見ながら、表参道へ向かいます。道が狭くて危ないから杉を切ってしまえ、と裁判にもなった太郎杉。東照宮の中でも大きく立派な杉です。根元の脇までアスファルトに覆われて可哀そうですが、とりあえず残すことができてよかった。


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日光山輪王寺 三仏堂
1200年以上前に日光を開山した勝道上人が創建した四本龍寺を起源とする日光山輪王寺は平成の大修理中(平成313月まで)。ちょっと残念ですが、まじかで千手観音などの仏様の修理を見ることができます。屋根の修理見学は7階分も登ります。そして人数が集まるとお坊さんが説明をしてくれます。ありがたいなぁと聞いていると、必ず最後にお守りやお数珠をどうぞとの一言。修理にはお金かかりますよね。


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日光山輪王寺 護摩
五大明王七福神十二天など30躰もの仏様や祖師像が祀られています。


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日光山輪王寺から東照宮に向かうとこんな看板を発見。東照宮東京スカイツリーの上に建てられているんだね。


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高さ36mのこの塔は文政元年(1818)に再建されたものです。この日は心柱の特別公開をしていました。礎石には据えられない懸垂式の黄金の芯柱構造はスカイツリーにも応用されています。


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東照宮 想像の象
上神庫の側面に彫刻された2頭の象。眠り猫や三猿が有名ですが、こちらもなかなかなものです。


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陽明門は只今修復中。


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叶杉
眠り猫の門をくぐり、急な階段を登った先に家康公の眠る奥宮があります。奥宮宝塔の脇に立つ樹齢600年の杉。最近話題のパワースポットだそうで、この杉のほこらに向かって願い事を唱えると叶うと伝えられています。


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東照宮から立派な杉の参道を抜けて二荒山神社へ向かいます。


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男体山御神体として勝道上人が開山。「二荒」を「にこう」と音読みしたことが「日光」の地眼の語源と言われています。こちらの拝殿も修理中。


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二荒山神社 縁結びの御神木
杉に楢のやどり木で「すぎ()なら一緒に!好きならばと一緒になりました」


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日光山輪王寺 大猷院
三代将軍徳川家光公の霊廟。大猷院とは家光公の法号です。


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石灯籠は10万石以下の大名からの献上品。彼らは二天門から先に進むことは許されていませんでした。そして二天門はというと修復中。


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日光山輪王寺 大猷院 夜叉門
家康公よりも質素にと建てられたようですが、こちらも絢爛豪華であります。平成281130日までの限定で家康公の位牌が初公開されています。400年も前の位牌とは思えないくらい金色に輝いています。が、大樹寺のずらっと並んだ位牌のほうが迫力はありますね。



 徳川家康は死に臨んで次のように遺言したとされています。
「御体をハ久能へ納、御葬礼をハ増上寺にて申付、御位牌をハ三州之大樹寺ニ立、一周忌も過候て以後日光山に小き堂をたて、勧請し候へ、八州之鎮守ニ可被為成との御意候」
遺体は久能山に納め、葬式は増上寺で行い、三河大樹寺に位牌を立て、一周忌が過ぎたら、日光山に小さな祠を建てて勧請し、関八州の鎮守となろう。 ということで、家康の遺言通りに秀忠の建てた廟は小さなものだったそうです。
 その後、家光の時代になり、幕府の権力誇示や天海の思惑も絡んで、寛永13(1636)に現在の豪華な霊廟へと造りかえられました。莫大な費用がかかったはずですが、400年たった今もこうして文化財として目を楽しませてくれているのだから、家康公も遺言を無視されたと怒ってはいないでしょう。さて、数千億もかかるかもしれないオリンピックスタジアムは400年後も楽しませてくれるのかしら。とはいえ、400年の節目の年にあちこちで大修理中。修理中だからこそ見学できるものもあるのですが、修理の終わった陽明門を早く見たいものです。