☆データ☆ (100名城ガイドブックより)
・城地種類 山城
天文年間((1532-55) 斉藤道三
永禄年間(1558-70) 織田信長
・主要城主 二階堂氏?、斉藤氏、織田氏
(登城日: 2015年8月10日)
鎌倉幕府の執事二階堂行政が、金華山山頂に砦を築いたのが始まりと言われています。戦国時代斉藤道三が山城部分である稲葉山城と城下を整備しました。子の斉藤義龍へ家督を譲り隠居しましたが、道三と義龍の不和により道三は戦死。永禄10年(1567)娘婿である織田信長が攻略、居城として整備しました。「井の口」と呼ばれていた地名を「岐阜」に、「稲葉山城」を「岐阜城」に改めました。信長が安土城に移ってからは信長の子息や一門が入りましたが、関ヶ原合戦の前哨戦の際、織田秀信は西軍につき、東軍に攻め入られ落城し廃城となりました。明治時代に天守が再建されましたが、その後焼失。現在の天守は昭和31年(1956)に鉄筋コンクリート造り3層4階構造で再建されたものです。
天守からの眺め(西)
天守からの眺め(北)
天守からの眺め(東)
天守からの眺め(南)
国道22号線、木曽川、名古屋方面
井戸跡
岩盤を資格にくりぬいて、雨水を貯めて使う費用時の貯水施設
伝 二之門・下台所跡
千成瓢箪 発祥の地
伝 一之門跡
山麓城主居館跡 冠木門
館の入口
信長以前(斉藤氏)の居館跡
入角と出角 下層石垣
発掘調査は、水~日曜日AM9~PM4 時間が合えば見たかったなぁ