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【日本100名城 その6】   19  川越城

19 川越城 (埼玉県川越市)  別名:初雁城
 
 
 
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  ☆データ☆   (100名城ガイドブックより)
 
  ・城地種類 平城
 
  ・築城    長禄元年(1457) 太田道真・道灌
         慶安4年(1651) 松平信綱
 
  ・主要城主 上杉(扇谷)氏、酒井氏、堀田氏、保科松平(大河内)
                                          柳沢氏、秋元氏、松平(越前)氏、松平(松井)
 
                             (登城日: 2014921日)
 
 
 
 
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本丸御殿 玄関
銅板葺の大唐破風屋根の立派な玄関です。
 
 
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廊下
 
 
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広間
 
 
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家老詰所
本丸御殿に勤務していた藩の家老が詰めていた建物で、ふじみ野市に再築されていましたが、川越市に寄贈されました。
 
 
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川越城 中の門堀跡
本丸御殿から市役所方面に行く途中にあります。
旧城内に唯一残る堀跡で平成2021年度(20082009)に整備工事されました。
 
 
 
川越城は扇谷上杉持朝の家臣太田道真・道灌父子が長禄元年(1457)に築城しました。天文6(1537)武蔵への進出を図る後北条氏により攻め落とされます。天正18(1590)には豊臣秀吉の関東攻略に際し、前田利家に攻められて降伏しました。徳川家康江戸城に入ると重臣の酒井重忠を置き、その後も有力な大名たちが城主となりました。川越城は鷹狩などで度々将軍が訪れ寛永16(1639)松平信綱は城の拡張整備を行い、99千坪余りの巨大な城郭となりました。明治になり多くの建物は移築・解体されました。その後、県庁や煙草工場、武道場などに使用されていましたが、昭和42(1967)川越城本丸御殿修理工事として復元を行い現在のような公開施設になりました。
 
現在残っているのはほんの一部のみですが、東日本では唯一残る御殿です。