マダオなWALKING′!

まるでダメなオバサンによる まったりダラダラお気楽旅

福島 城めぐり その2  会津若松     2014.08.14

2日目は郡山駅から会津若松に移動です。磐越西線の本数が少なくて、6:53の次は8:31。朝食時間が6:30からだったので朝ごはんを食べて8:31発で出発することにしました。会津若松駅には9:40に到着です。ゆっくりしすぎたかなぁ・・・。
 
会津若松駅の観光案内所でマップをもらい案内を聞いて、“ハイカラさん”というまちなか周遊バスに乗って出発です。30分毎に主な観光地を回るバスで、反対周りの“あかべぇ”と合わせれば効率よく周れます。
 
 
 
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阿弥陀寺
七日町駅前で降りて阿弥陀寺へ。本堂の左側に建っているのが「御三階」。鶴ヶ城から移築された本丸御殿にあった城内唯一の現存建造物です。
 
 
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斉藤一の墓
阿弥陀寺には新撰組 斉藤一のお墓もあります。
 
 
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白木屋漆器
七日町通りには古い建物がたくさん残っています。こちらは大正3年建築。木造洋風建築で土蔵つくりに近い技法で造られています。
 
 
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七日町通りから野口英世青春通りへと歩いてきました。野口英世が幼少期に手の手術を受け、後に医学を学ぶために青春時代を過ごした街です。
 
 
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直江兼続屋敷跡・山鹿素行生誕地
鶴ヶ城西出丸近くにあります。
 
 
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鶴ヶ城(会津若松城)
本日の目的地、鶴ヶ城に到着。お盆休みの真っ最中。混んでいました。入場券を買うのに並んで、入城するのに並んでやっと入城できました。
 
 
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新島八重
三の丸口を出たところには、大河ドラマ「八重の桜」で一躍有名になった新島八重銅像がありました。会津は去年の大河ドラマ「八重の桜」の舞台になった場所です。ドラマ=歴史ではありませんが昔の様子を想像しながら歩く助けになります。
福島県立博物館まえからハイカラさんに乗って会津武家屋敷に向かいます。
 
 
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西郷頼母邸 江戸時代中期の豪華かつ壮大な家老屋敷を復元。西郷頼母邸跡は鶴ヶ城北出丸近くにあります。頼母は最後まで容保が京都守護職を受けることを反対しました。大河ドラマでは西田敏行が演じていましたね。戊辰戦争では敗戦を確信した妻をはじめ21人の婦女子が屋敷で自刃しました。また、姿三四郎のモデルとなった西郷四郎西郷頼母の養子です。
 
 
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近藤勇の墓 (天寧寺墓地内)
武家屋敷から天寧寺へ歩いていきます。本堂からだいぶ山道を登ったところに近藤勇のお墓があります。土方歳三会津に来援した時に建てられたといわれています。 
 
 
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会津の歴史を訪ねる道
天寧寺から大龍寺までは歴史の道になっていたので歩いてみました。山道を歩いて愛宕神社を経由して大龍寺まで続きます。この道は東北自然歩道(奥の細道)の一部になっているよう。大龍寺から飯盛山までも続いているようですが、大龍寺の先の道がよくわからなかったし、途中には”クマ出没注意”の看板も出ていたので“いにしえ夢街道(飯盛山通り)”と呼ばれる道を飯盛山まで歩いていきました。
 
 
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大龍寺
新島八重の実家、山本家の墓があります。
 
 
 
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白虎隊の少年達が火に包まれた会津城をながめて自刃した場所です。
 
 
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さざえ堂
江戸時代中期の仏堂。螺旋状になっている珍しい建物です。
 
 
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会津若松駅
飯盛山下からハイカラさんに乗って会津若松駅まで戻ります。
 
 
 
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SLばんえつ物語 C57型蒸気機関車
駅で出発を待っていたら、奥のホームにSLが入ってきました。会津若松から新潟まで行く“SLばんえつ物語”です。前回乗ったD51に比べると優しい印象のSLでした。
 
 
SLを見ながら会津若松駅15:09に出発。帰りももちろん18きっぷ。乗り継ぎしながら18:39宇都宮駅に到着。ここまで来たら電車の本数も多くなるので一安心。お腹がすいたのでちょっと途中下車して宇都宮餃子の晩御飯を食べて帰ることにしました。
 
 
やっぱり朝がちょっと遅かったので、あわただしくなってしまいました。朝ごはんあきらめて一本早い列車で行けばよかったかなぁ。本日利用した“ハイカラさん”は30分毎に主な観光地を回るバスで、反対周りの“あかべぇ”と合わせれば効率よく周れます。とはいえ今回は準備不足で行き当たりばったりになってしまいましたが。今度来るときはもっとゆっくりと歩いて回りたいです。